録音した自分の声を聴くと、
話しているときに聞こえている声とベツモノである
ことを知り、その違いに複雑な思いになる。
「自分ってこんな声なんだ。こう聞こえているんだ」
同じように、自分では自分のことは見えない。
鏡に映ってはじめて、おのれの顔や表情を知る。
しみじみ、こんな顔かあ・・と。
そういう意味では、人類史上、鏡の発明は凄いし、
写真の登場も同様だ。
これも目が健康だから、見ることができるが、
見えなかったら、自分の姿はずっと見えないまま
生きることになる。
自分ってこんな顔?
わからないまま、生きるってなかなか不安かも
しれない。
同じように、自分が話している様子はどう伝わって
いるのかは、わからない。
でも、気にはなっている。
そんなことで、最近行う研修では、プレゼンする
人、聴く人の役割を決めて、プレゼンする人の様子を
聞き手はよく聞いて、良いところと、もっと良く
なると思う点を挙げてもらうプログラムを取り入れている。
その結果をひとり一人に戻す。
「あなたのプレゼンを、他の人はそう聞いていました
よ。どうですか?」
それぞれ、その結果を受け取りながら、
仲間が自分のプレゼンをどう聞いてくれていたのか、
興味深げに、真剣に確認される。
自分ってこう見えているんだ。
思っていた以上に伝わっているなあ。
自分の改善点は、自分の思っていたとおり。
いや、こんなにいいところもあるんだ~。
などなど、人様から見た自分のことを知ることで、
新たな気づきもあり、伝わっていることを
確認できることは、自信にもつながる。
自分のことは見えないのに、
自分をさらして、生きている。
それがどう伝わっているのか?
他者が自分のことを知らせてくれる。
その確認をする機会は重要だ。
素直に耳を傾ける。
素直に映った姿を受け入れる。
もしかしたら、人生は見えない自分を
探し続ける旅なのかもしれない。
どう見えているか、どう聞かれているか、
そしてどう思われているか。
人に関わる仕事をする以上、
人から見た自分を受け入れ、認め、
改善すべきは改善し、
少しでも伝わる自分にならねば。
こう見えたい、こう思ってもらいたい。
自分と相手にギャップが少ないほど、
コミュニケーションもうまくいくだろう。
まだまだ自分のことは知らない。
人が、自分のことを教えてくれる。
そのことを忘れずに。
やはり、ひとりでは生きられないのだ。



