雪国へのエール、と敬意。

新潟長岡より、最近の雪の写真が送られてきた。
撮影の翌日には、さらに50センチほど積もったとのこと。
そんな光景の中、目覚めたことがないため、ただただ、驚く。

「雪、やばいです。昨日まで毎日、家の周りを1時間除雪してから
出勤していました。町のアーケードが陥落したり、何度も全国
ニュースになっています。今日は快晴に恵まれ、会社の屋根に上がって
雪庇を落としました。もー、ヘロヘロです~」

雪屁とは、馴染みがない言葉であるが、屋根の上などにせり出す
雪の塊だそう。そのままにしておくと落下事故になったりして
危険なため、それを落とすのも大切な雪対策となる。

続いて小千谷からも便りが届く。
「小千谷の積雪も2.5m~3mです。市内の道路は狭くなり、
家の周囲や屋根の雪のやり場がないなどの問題はありますが、
雪国らしい生活として普段通りです。
私も毎日朝晩2回の家の前の除雪が必要ですが、
運動不足解消に役だっています。2月後半からは雪消えが進みます。
春を待ちたいと思います。」
と、何と前向きな生き方をされているのだと、いつもながら感心。

雪国の人たちは、じっと雪や寒さに耐えながら、冬の日々を暮らし、
春を待つ。

かつて新潟の企業さんたちと都内での催事を企画した際に、
「雪どけ越後の〇〇」といったタイトル案が出てきたことを
思い出す。

雪がとけると、春なのだ。雪解けの季節を待ちながら、
冬を耐えて暮らすのだ。

雪があるから豊かな水があり、美味しいお米やお酒もできる。
だから、雪は迷惑な存在ではなく、吉雪なのです・・・と
それを商品のブランドにしている企業も・・・。
と、雪の季節になるとそんなことも思い出す。

雪国の人は、口は達者ではないかもしれないが、
黙って努力する、真面目に働く人が多い。
私が出会ってきた新潟の人たちは、みんなそうだ。

こんな時期の選挙が熱狂のなか、終わった。
雪国の人への心配りはどうだっただろうか?
改めて、祭りの後に思う。

何があっても、自分を守ることを力強く実行されている
雪国の人に学びたい。

雪国へのエールと敬意、そしていろんなことを学ばせていただける
ことへの感謝を込めて・・・。

ちょっとやそっとの雪で騒いでいるんじゃないよ。
と笑われないように、私もしなやかに、強く生かねば!


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熱狂より、癒しと優しさの世界を。

自分の世界をつくりたい。と思うのは良いこと。
でも、そのために人を巻き添えにしたり、傷つけたりして
自分の目指す世界を、どんな手を使ってでも、
権力で無理矢理に実現するのは、賛成できない。

自分も、そして自分以外の誰かも幸せになる、そんな世界を
目指したい。

そして、大きくなくていいい、小さくて良いから
熱狂的でなく、地味で良いから、
自分なりの世界を描いてみたい。
との思いがある。

アーチストは、またその道を目指している人たちは、
作品のなかで、自らの世界を描こうとしている。
だから、自分もこの世界に心惹かれるのだと思う。

たとえば、数日後に迫った長崎でのコンサート。
小さな取り組みであるけれど、この機会に自分なりの世界を
表現することができる。
そういったステージをもてることが、幸せだと思う。
もちろん何もしない方が楽ではあるけれど、
やろう!と思う気持が湧くうちに、行動する。

長崎での時間に思いを馳せる。
この町に、この町の歴史に、自分はなぜ惹かれるのか。
共感し続けているのか。
ささやかではあるが、この町を訪ねるようになって
知りえた、学んだ多くのことを、今改めて思い出す。
小さな出会いが少しづつご縁になって、出会ってきた
人たちの優しさを実感している。
そんな皆さんに感謝を届けたい。
そして、愛と平和な世界を思う気持を、自分なりに
表現したい。

せいぜい2時間の小さな世界。
演劇でも、コンサートでも、映画でも・・・。
しばし、現実の世界とは違う、夢の世界を表現できる
のだ。
おいでいただける方ひとり一人にその気持が伝わる
ように・・・。

と、まだまだ思案中。

長崎の朝の空を思い出しながら・・・。

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いろいろ演じる、プチ挑戦。

どうせやるなら、毎回違うこともやってみたい。やらねば。
同じことを何度も続けているのでは、面白くない。
今回の長崎でのバレンタインコンサートへは、そんな思いが
こみ上げる。
実は、ずっと前から何かできないか…と思っていたが、
火が付くまでに時間がかかる。

脚本作家のさっちゃんと何かしたい。
彼女の劇のなかで、自分の作品は何度か使っていただき、
時には生演奏でも出演させていただいたが、
今度は自分のコンサートでコラボができないか・・・。

昨年末の大晦日。
「まじでやります!」
と京都のカフェで話し合う。

そこから2か月・・・。本番に向かって暦は進む。

「書いてみました~」
自分の曲を活かしつつ、そこに入るまでの数分を
朗読劇で楽しんでいただくという企画。
ZOOMの画面共有で、初めて台本を見せてもらう。
「じゃ、マーサさんは〇〇の役の方を読んでくれますか?」
ということで、所見でかけあいがはじまる。

自分のコンサートのために書き下ろしていただき
胸がいっぱいになった。

もう本番まで1週間となった。
そんな小さな挑戦も試みながら、これまでにない、
新しいステージにしたいと思い、ネジを巻く。

演奏も演じる芸である。
そこに新たな挑戦を加えて、オリジナリティあふれる
心豊かな時間にしたい。

もっと考えよう、まだまだ考えよう。
このカウントダウンが心地よい緊張感になる。

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視野を広く、視座を高く、視点を鋭く。

狭い世界の中で生きていると、その中でしか物事が見えない。
そこで安心してしまうと、イレギュラーへの対応が難しいこともある。
いろんな世界を見る、異業種、異世代、異国、異性、異教・・・
自分と違う人との交流を大切にし、さまざまな情報を得ながら、
見える世界を大きくしていくことで、日々直面する出来事にも、
動じることなく、大きな心で向き合うことができる。
ああ、そういう人もいる。そんなこともある。
いろんな事実を前向きに受け入れることができるようになるのでは
ないかと思う。視野を広げ続けることはとても大切だ。

そして、なるべく俯瞰して世界を見るようにする。
高い位置に自分がいることで、さまざまな事象が客観的に見えて、
解決、対処法も見えてくる。
もうお会いすることはできないが、長年お世話になり、親しくして
いただいた作家の野村正樹さんは、20年以上前から、「視座をもとう」
という言葉を何度も書き、語っておられたことを、今改めて思い出す。
全体を見る、客観的に見る。そのために高いところから物事を見る
ようにする。
このことは、今も心掛けているが、もっと意識したい。

このように視るという行為は、社会の中で生きていくために大変重要
であるが、単に広く、高く見るだけではなく、どこが大切か、重要かを
常に見極める力も大切だ。
この仕事をしていて、時々、「的確なアドバイスをいただきありがとう
ございます」と言っていただき、安堵することがある。
ポイントが合っていないと、役に立たない。
どこから見ているか、どこを見ているか。鋭い視点は重要だ。

よく視ながら、考え、表現し、行動する。もっともっと意識したい。




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新たな職業名は?

おかげさまで、施設での演奏活動が増えている。お声をかけていただき、
喜んでいただくことがとてもうれしい。
4年前からスタートした出前・出張コンサートの一環である。

施設ではチラシや資料を作ってくださり、利用者のご家族や
地域の皆様や、関係者にも配布、共有いただくこともある。
そんななか、「コミュニケーションクリエイター 今尾昌子さん」
と書いてくださる例も多いが、これは施設などの演奏の場では
よく伝わらない表現だ。
コミュニケーションにまつわるいろんなことをする人。という
ことを理解していただける方には、もちろん27年間、大切にして
きたこのショルダーネームはとても良いし、オンリーワンであり
気に入っている。

しかし、音楽だけでの関係の方にはもっとわかりやすい表現が
必要だ。
ときに、シンガーソングライター・ミュージシャン。愛の元気人
などの表現もしてきたけれど、もっと他に何かないかと考え続け
ていた。また、人生の後半になったら、いつまでもカタカナの
職業だけでなく〇〇家と表現したいとも思っていた。

そこで、つい2~3日前のこと。
次のコンサートのチラシの確認を求められた。
公式サイトを見ていただいたり、関係者から伝言されたのだろう。
やはり「ゲスト コミュニケーション・クリエイター 今尾昌子
さん」となっていたので、今こそ、チェンジ!と、
「愛と元気を届ける音楽家」に変更していただくようお願いした。

音楽家、建築家、政治家(今は少ない)、宗教家と、いろいろ
家が付く職業はあるが、この語源の意味は、もともとは代々家で
受け継がれる職業という意味があったのかもしれないが、
自分ではまだ正解にたどり着いていない。
ただ、過去を見れば、その道のプロであるということを表して
いる。
だから、〇〇家 という表現には、ずっと憧れがある。
そして、自分しかない職業 へのこだわりも持ち続けている。

だから、単なる音楽家ではダメだ。相対的ではない職業を。
ということで、
これから、音楽だけで接点をもつ場面では、
「愛と元気を届ける音楽家」として、伝えていこうと
思っている。
もちろん、今後、変化・進化していくことは良いと思っている。

技術は大したことはないけれど、全身全霊で愛と元気を届ける
音楽家として、必要としてくださる方に恩返しをしたい。

常に自分は何者かを考え続けること、なりたい自分になって
行く努力を楽しみながらしていきたい。

もちろん、
いくつかの顔をもつ、コミュニケーション・クリエイターは
自分の存在のベース。そこからいろんな顔が生まれる。


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恒例の朝カツ始まる。

新しいレパートリーを増やしたいとき、そろそろ喉をしっかり
開きたいとき、違う世界を描きたいとき。
コンサートが近づくと始める、朝カツ。
これは、朝のカラオケである。
マンションでは発声練習もできないのと、楽器も思う存分は
弾けないため、隠れた練習場としてカラオケは何か都合が
良い。しかも、1時間ワンコインで利用できる朝時間。
そんな朝早くから、カラオケに行く人がいるのか?と思って
いたが、意外に利用者はいるようだ。

以前、マジシャンの知人やマーケティングの先輩方も
平日、ひとりカラオケでいろいろ秘密のトレーニングを
していると聞いたことがあり、そんな利用法もあるのか
と思っていたが、やってみるとなかなか良い。

少し声を出す、歌ったことのない曲を試す、著名な
歌手たちのシルエットを見ながら、表情を学ぶ。
そんな学びの場としても、有効なワンコインの朝カツ。
本当は、毎日ずっと続ければよいがそれはできないため、
期間限定、しかもできる日だけ。

そろそろ、組み立てをしなければ。
企画をするときにも、この朝カツは有効だ。

「愛」にまつわる曲をいろいろ試しているが、
愛を歌う曲は実に多い。
生きる、愛する・・よく考えればモチーフや背景はいろいろ
あれど、歌の多くはこれらがテーマだ。

いろんな人生、さまざまな愛。
それらが、ひとつの楽曲に描かれ、刻まれているのだ。
そう、カラオケは歌の百科事典、図書館でもある。
ワンコインで無限の学び。

1時間したら、外に出て 普段の世界に戻る。
このギャップもなんとも面白い。

さあ、本番までそろそろ・・・。
毎日自身を追い込んでいく。

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片道年賀状。

この正月には、久しぶりにわずかであるが年賀状を出した。
返事はゆっくりと届く。
そのカタチはさまざまで、ハガキで戻ってくる場合、メールでの
お礼、そして電話。
1枚のはがきを出しただけでも、とても喜んでくださる方もおられ、
ああ、良かったと思う。ささやかなご挨拶で、元気になる方も
おられるようだ。
「ありがとうね、ありがとうね。」
とくに高齢になり動けなくなってきた人にとっての1枚のはがき
は、思いがけない贈り物になるのかもしれない。

返信をいただき、お元気な様子が伝わると、安心もする。
おそらく年賀状にはご無沙汰していても、途切れない関係を
確認する大切な機会なのだろう。

でも、返信が来ない場合もある。
悲しいけれど、年々、その数も増えている。
今年は、少し思い切って、お元気ならいいなと思ってお送りした
方もいる。
お元気ならば何らかの反応があるはず、あるといい・・。と
思い、少し勇気を出して送ってみたけれど・・・。

コミュニケーションは元気であってこそ成り立つもの。
生きているからこそのキャッチボール。
大好きだった先輩や上司たちと、そんなやりとりが年々
少なくなっていくことは、とても寂しい。
でも、
覚えている限り、気になる以上、
「お元気ですか?」と、
声をかけたい。

大切な方々からいただいた貴重なハガキを大切に
とってある。これは自分にとっての宝物だ。

もう来ることのない最後の年賀状。
これは永遠の年賀状でもある。

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信じて待つのも。

寄り添いという言葉をよく使うが、最近考えるのは、
真の意味での「寄り添い」。
これは相手があっての働きかけであり、あくまでも
相手にとってプラスになることでなければならない。
伴走も同じこと。
伴走します。といっても、相手があってのこと。

すべてはそうである。

自分の思いだけで寄り添ったり、伴走することは
できないし、目に見える行動や言動だけが
寄り添いや伴走とは言えない時もある。

元気がない人に、元気?元気?と何度も
聴くこともこれまた違う。
寄り添いや伴走は、決して押し付けることなく
相手が望んでこそ意味がある。

声をかけたいけれど、じっと待つ。
そんな時間も時には必要だ。

今自分がどうすることが、相手にとって一番
良いのか?
常に、相手の立場に立って、気持を察することができ、
その上で、役に立てるか。

何も言わなくてもわかる時が来るだろう。
その時を待つのも、伴走であり、寄り添いである
と思っている。

相手をどこまで信じられるか。
そして、人生はそれぞれ違うのだから、
相手がとにかく、人生を幸せに、前に向いて
進んでもらえたら、いい。

さあ、新たな1週間を 笑顔ではじめよう!

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センスが第一印象を決める。

なんで?なんで今?何?とまったく理解できない状況のなか、
街頭演説がはじまり、選挙カーが登場。

報道ではいかに現場が苦労されているか、とくに雪国では
本当に大変でこれまでの方法では結果は出せないと焦る
人もいれば、今こそネット!と熟考されることもなく、
ガンガン情報が流れる・・・。電車に乗っていても、多く
の人が下を向いてスマホを見ているこの状況からすると
確かにネットの影響は大きい。それだけに不安も募る。

今、何がおきているんだ?よく考えると本当に恐ろしい。
世界の動きに、まるで磁力で吸い付けられるように日本も
そっちへ進まないか・・。という心配もする。

第一印象。今はこれがすべてだ。
リアルであれ、ネットであれ、最初の印象が重要。
まさに「目に留まり、心に刺さる」発信こそが求められる。
ロゴや色、キャッチフレーズ、見た目、言葉の強さ、
声、笑顔、カラーリングなど・・すべてが第一印象に影響する。
そこにはセンスが必要だ。
そんな目でいろんな人の発信を見ている。

コミュニケーションの鉄則として言われてきた
AIDMA、そしてAISASが結果につながると、
今回のキャンペーンの様子を垣間見ながら実感する。
「いいね!」は選挙投票に似ている。
いいねの数に、同調する人も多い。日本人の気質もあるだろう。
しかし、選挙は人気投票ではない。
自分たちの、自分の将来がどうなるかが変わってしまい、結果
自分に跳ね返ってくる重要な選択の機会なのだ。
ことの重要性をわからなければならない。

そもそも若い人は、いつ政治を学ぶのだろう?
選挙の意味と学ぶだろう?

もう半世紀前になるけれど、高校の政経の授業で
政治を自分事に考えるきっかけは得られなかった。
別の世界の出来事・・・。では良くない。

ニコニコ笑って話していても、腹の中は別のことをたくらむ人も
世の中存在する。

見る目を養うことが大切だ。
そして、何と言っても中身をしっかり理解、吟味する力を
持たねば。

いろんな意味で、憂いも多い。恐怖も感じる。
そして、改めて自分はどうしたいのか?と考えることの
大切さを自らに問う。

話しを戻す。
第一印象はとても大切。
政治家の仕事こそ、その力がないと、先に進めない。

そして、選ぶ人は、見る目をもつこと。
いろんな罠に、フェイクに惑わされることがないように。

まともなことを言っているのに、直球すぎて伝わらない。
そんな人を見ると、なんとも・・な気持ちになる。
一番大切なのは、「内容」である。
そこに行きつくまでには第一印象でひきつけることが
重要なのだ。
と、わかっているかな?
「伝える」と「伝わる」は違いますけど・・・。

とにかく、
公務員の皆さんが、本当に気の毒な2月が始まった。
そうでなくても年度末の多忙な時期に・・・。




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出会い・つくる・みらい

昨年の秋からはじまった、企業と学生さんたちとのプロジェクト。
クリエイターを目指す、またはその才能や個性を生かし、元気に
社会に羽ばたき、これから活躍される学生さんたちと企業との
出会い。
学生さんといっても、18歳、19歳。
思わず、自分が京都に来て、学生になった頃のことを思い出す。
自分にもこんな頃があったのか~。思わず懐かしき京都での
学生時代が蘇る。

いつの時代も、学生とは自由な発想をもち、未来を向いていて
いいもんだと思う。そんな若者たちが企業の未来を考え、チームで
さまざまな企画をして、提案をし、プレゼンテーションをするという
ちょっと緊張の社会経験も経て、作品展に臨む。
出会いから、この制作にいたるまで両者の結び目となって、関わらせて
いただいた。
学生さんにとっても、企業にとってもドキドキわくわくの半年であった
と思うが、私自身にとっても同じ。
学校からご相談いただき、この企業であれば!と提案をさせていただき、
社長さんには、熱い関心を寄せていただき、ぜひ地域のお役に立つならば!
と、ふたつ返事で決まったこのプロジェクト。
未来に向かって進む企業にとって、学生さんの目から見た企業、そして
未来の姿については、社内や大人の世界だけでは考え付かない世界がある。
そんな期待があった。

オリエンテーションから工場見学、企画確認、プレゼンテーション・・。
半年かけて授業の進行にあわせて、企業のご協力を経て、提案がカタチに。
年末の最終プレゼンテーションを経て、年明けから学生さんは作品展の
準備に全力投球。
ずっと寄り添い、導かれる先生方にも頭が下がる。

その作品展を来週に控え、エールのメッセージを送る。
まさに学生さんも先生もフル稼働!頂いた返信メールの文面からだけでも
ほどよい緊張のなかで、作品づくり、展示の準備が着々進んでいること
を感じ、当日がさらに楽しみになる。

学生さんにとって これまで出会ったことのない企業と出会い、
交わり、自分たちの得意分野で提案し、反応を得る。
まさに生きた学習。
キャンパスの中だけでなく、地域と交わりながら、課題をみつけ
考え、みんなで具現化していく学び。
とても素晴らしいプログラム。

来週の発表がとても楽しみだ。
20代のときは、教師を目指していたなあ。
と、あの頃の自分を重ねつつ関わらせていただいた
今回のプロジェクト。

私自身も、出会いをつくり、結び目としてのやりがいを
感じ、そして
これまで経験したことがなかった、新たな化学反応に
期待を寄せている。
産学連携による未来への可能性が広がる。

やってみてわかること、やらなきゃわからないことが
必ずある。

コミュニケーションクリエイターとしても、
今回のプロジェクトは、いろんな意味で感慨深い。
提案に乗ってくださった企業に感謝。
相談いただいた学校にも感謝。

半年の学びの成果がどんな形で表現されるか。
来週のお披露目に、心から期待して、
学生さんに、心からエールを送りたい!

企業のサイトでも、告知をいただいたので、ここにも
リンクを。ぜひお出かけいただき、その成果を
ご覧いただけたら幸いです。
https://sunfoodsjp.com/news/news-2998/

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