お見舞い続く夏。

熊本の地震からもう2週間が経過。過酷な暑さのなか、断水の状況
でどんなつらい思いをされているかと思うと、心悼む日々。
そうこうしていると、今度はいつも違う接近をしてきた台風。
そして、千葉での集中豪雨。
まさか、そんなことが?天気予報があるけれど、予報で全てわかる
わけではなく、今や天気予報はある種、行動するうえでの目安。
もちろん大切な情報であるため、毎朝チェックは欠かせない。

この一晩での千葉での雨記録。
夜の間の大量の降雨は、夜明けが怖い。
被害が見えてくる。
知人が住む町も特別警報地区に含まれており、心配な朝。

お盆休みのピーク。
楽しいはずの時間が、計画どおりにいかない。
暑中お見舞いの季節に、地震、台風、洪水・・・。
お見舞いばかりが続く。

何事もなく、穏やかに過ごせる。そんな時間は
もう取り戻せないだろうか?

いつも、スマホで情報をチェックし、リスク管理をしながら
行動をする。
本当に楽しいのかな。と
無防備出会った、子ども時代を懐かしく思い出す。

各地域での被害が、早く収まって、いつもの時間を
取り戻せるように。

被災地の方々に、心からお見舞いをお伝えしたい。

暑さも、水も、風も・・・
ほどほどが良いけれど、そんなこちらが思うようには
いかないようだ。

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そこに〇〇があるから。


約100年前、初のエベレスト登頂を目指したイギリスの登山家、
ジョージ・マロリー。
実は、実際頂上まで初登頂を実現できたのかどうかは
謎のままであり、その後に登頂に成功した人物は
ヒラリーとテンジンというペアであったそうであるが、
初の挑戦は、マロリーだった。
世界最高峰のエベレスト。写真を見るだけでも、おじけ
づいて、あのような山は写真で見上げるだけで十分でしょう。
と思ってしまうが、冒険家である登山家からすれば、
それは登るべき存在なのだ。

そのマロリーが、その挑戦をする際に、アメリカの新聞社
から取材を受けた際、
「なぜ、エベレストに登るのですか?」
との問いに、
「そこに山(エベレスト)があるから」
(Because it’s there )
と答えたことが
話題になったとのことを知り、なるほどと思った。

そこに、月があるといえば、月に行きたくなり、
宇宙があるといえば、宇宙に行きたいと思い、
行動するのが冒険家なのだ。

理屈はない。あると聞けば、挑戦したくなる。誰よりも早く
行きたい、見たい、知りたい、体験したい。
それが挑戦する人間の野望、本性なのだそう。

少なくとも、
そこにおカネがあるから・・ではない。
(最近は、そんな野心家もいる?)

では、自分の場合は?
「そこに〇〇があるから。」
ここに入るものは?

ここにピアノがあるから。だから、私はそれを弾く。

それでもいい

損得なく、ただ純粋に、
そこに○○があるから・・ということだけで、
人生を賭けられるものがあることは、とても美しいと
思う。

ジョージ・マーローは消息を絶ったまま、その挑戦が
終わった。
そして、75年後、その遺体は山中で発見された。

そこにエベレストがあるから登り、そして
そこで人生を終えた。

と書いていたら、ふと11年前に富士山で帰らぬ人
となった新潟の知人を思い出した。
あの方も登山が大好きだった。
「そこに富士山があるから」
真冬の山頂を目指したのか。

ジョージ―・マーローと知人が重なった。





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水と電気、ガスに感謝する休日。

長期休暇となれば、家族で旅行を楽しんだり、田舎へ
帰ったりととにかく、人が動けば、モノもお金も動く。
楽しみにする家族のために、この時間はとても大切だ。
普段できないことをする。

一方、こういう時こそ、喧騒に巻き込まれず、ただ静かに
過ごすのも良い。

とくに暑いこの季節は、インドアでの時間を大切にと
思う。運動不足にはもちろん気を付けながら、外出せず
に過ごす。

熊本の被災地のことを思えば、涼しい部屋で過ごせる
だけでも、こんなありがたいことはない。

日ごろできないことを、インドアで行う。
見れずに溜まっている録画物の確認から、書類整理、
片付けもこの機会にしたらいい。
どこに行かなくても、できることはたくさんある。
また読書も、オンライン講座も、映画も・・・。
そして、珈琲や紅茶とおやつ、お酒とおつまみ・・・。
家にあるものでローリングストックも。
普段連絡できない人への連絡も・・・。

追加の消費をしない休日は、なかなか良い。

もちろん、それでも水、電気、ガスは消費する。
生きる上で、これだけは必要であることを
改めて知る。
被災地の方を想えば、贅沢なこと。
水も、電気も、ガスも使えることは、
当たり前ではない。
昼夜エアコンをつけっぱなしで、電気代が
怖いが、これはやむなし。

と、そんな風に
消費を考える時間にする。
生活を考える時期にする。

ゆっくり時間が過ぎる静かな非日常を
しばし、楽しむ。

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心重ねる、ちょい甘な時間。

人生はミルフィーユのようだと、自作の「人生は
観覧車のように」の歌詞の中にも書いているが、
本当に生きていくこと、時を重ね続けること
は時に、繊細で壊れやすいものであると思う
一方、バウムクーヘンのごとく、年を重ねた分
だけ年輪となっていく楽しみもある。

その人生の年輪の多くは、人との出会い、
交わりによって出来上がってくる。
生きている限り、いろんな縁をいただくことで
生きた証ができ、思い出が残る。

このお盆休みなど、少しまとまった時間がとれる
ときには、家族との団らんももちろんであるが、
久しぶりに会う人との時間も大切にしたい。
日々、忙しく動いていることでなかなか会えない人や
ふるさとにいることで、再会できる人もある。

肩書など、まさに鎧を脱いで、素の自分のまま
向き合える人との時間を過ごすのも良い。
新たな気づきや発見も大いにあることだろう。
普段している会話とは違う、お互いの人生を
ふりかえったり、これからのことを思い描いて
みるのも良い。
家族や職場での時間だけでは得られない対話を
もつのも良い。

そんな自分も、東京でなかなか会えない心族
のひとりと久しぶりに地元で再会。
気づけば2時間半も話を続けていた。
そして、別れ際、ずっと姿が見えなくなるまで
見送ってくれていた・・・。
何とも言えない余韻をいただく時間となった。
このような。ちょっとした非日常の時間は、
ちょっと忘れていた、人生のアルバムを
久しぶりに開くような、心に染み入る
素敵なひとときだ。

なかなか会えない人と、心を重ねる時間は
普段走り続けている自分への良きふりかえり
の機会にもなる。

会いたい人には会っておく。
普段会えない人との時間を大切に。
もちろん、身近な人との時間も大切に。

久しぶりにいただいた小倉あんのモーニングと
おみやげにいただいた、かりんとう。
ちょい甘な時間の記憶は、消えないだろう。

こんなことを言えるのは、平和であるから。
そして心を重ねることで、平和を貫けるはず。



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さざなみのない、ドナウへの憂い。

ウィンナーワルツの代表作のひとつ、シュトラウスの「美しき
青きドナウ」を歌う、ウィーン少年合唱団の美声に心が高揚
した少女時代。あの頃から、ヨーロッパへの憧れがあった。
そして、ルーマニアで生まれた「ドナウ川のさざなみ」は
19世紀末のパリでの万博で初演奏されたそうであるが
この曲は自分に東欧の憂いをも教えたが、Eマイナーから
はじまるこの曲の高揚感が好きでたまらず、東西のヨーロッパを
むすぶ川として、さらに憧れを抱いた。

その後、15年ほど前のことか、ブエノスアイレスの楽譜店でも
このワルツ曲の譜面をみつけ、世界中で演奏されていることに
感動し、自らもアレンジして演奏するようになった。
第二次大戦時に、バンドネオンがドイツから南米に戦火を逃れ
かなり送り込まれたという説があるので、もしかしたら、
そのときにこの曲も一緒に伝わったのか?これは私の推測で
あるが。
最近では、なんと近鉄特急のホームでこの曲が使用されて
いることを知り、近鉄への企業イメージが一気に上がった。
なんというセンスのいい企業だろうかと・・・。

と、「ドナウ」にまつわる話題はつきないが、ラテン語で
河の神を語源とするこの川はまさに東欧をつなぎ結ぶ海路と
して人々に愛されてきている。

最近、そのドナウの水量が激変して、干ばつ状態にあるという。
上流はアルプスだというから、雪どけ水の減少がしているのか、
いずれにしても地球の温暖化がこんなところにも影響してきて
いることに危機感を抱く。

水運を担ってきた、人々の暮らしを支えてきたドナウが
「さざなみ」もなく、からっからになってしまっている
とは、深刻すぎる事態。
ニュースでは、現地の人がそこに住む動物たちはどこへ
いってしまったのか?と嘆いておられた。
川底に眠っていた戦争の道具もこの干ばつでみつかって
いると聞くと、複雑な思いにもなるが、とにかく、
水不足にあえぐ現地の人々のご苦労を想う。

ドナウを歌うワルツのように、気持ちよく流れてほしい。
早くその状況になるように、水位が戻るように祈る。

世界のあちこちでの温暖化は、想像を絶する情景を
生み出している。
温暖化の原因の二酸化炭素ガスを大量に排出する人たち。
減らす努力をしない人たち。
戦争を続ける人たち。その練習をする人たち。
その働き自体が、ドナウ川のこの不幸にもつながって
いることをわかっているだろうか。

ウィーン少年合唱団の美しき声色を思い出し、
ドナウ川の流れの復活を心から祈りたい。

河なくしては、人は生きられない。
日本でも、他人事ではない日が来るかもしれない。

ワルツを歌い、踊り、人と自然が共生すること。
当たり前と思っていたことが・・今は昔に
ならぬように。

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長崎の空を想う朝

近年、撮影した長崎の空。
なぜか私の中では、ブエノスアイレスの空と長崎のそれは共通点がある。
きれいな、澄んだブルー。そこに雲が存在感豊かに浮かんでいる。
長崎に行くと、坂道が多いせいもあってか、町と空が一体になっている、
そして開かれた町長崎であるから、世界がつながっているようなそんな
気にもなる。

81年前の今日、この空はどんな様子だったのだろう。
ピカドンとなった瞬間の様子を想像するのも、恐ろしい。
まさか、ここに?なんで?
まったく受け入れることができない突然の恐怖の瞬間に
立ち会ってしまった人たちのことを思うと、心が痛む。
これは、毎年この日になると思うし、長崎に足を運ぶごとに、
そのことが頭から離れられない。

突然の爆弾、しかも原子爆弾・・・。
当時、誰も経験したことのないこの恐怖との戦いは
いかほどであっただろうか・・・。
その苦労を乗り越え、
被爆経験された方々、ご家族、地域の皆さんががんばって
二度とこのような惨状を経験しないようにと、命をかけて
運動を続けておられるが、この思いを受け継がねばならない。
他人事ではないのだ。

今日は長崎の空を想い、静かに祈りをささげたい。

その瞬間にも、世界では罪のない人々が命を奪われる
危機が続いている。
空は続いているのだから、平和への願いが向こうの空
にも伝わるといいのに。

長崎が、絶対に!最後の被爆地でありつづけるように。

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今だけでなく、でも今だから。

この1週間は原爆、被爆の話題が多く取り上げられている。
そして、来週には終戦、戦争のことも取り上げられることが
多くなるだろう。
この季節だから、この時期だから・・・。
明日は長崎の原爆投下から81年として、式典も開催され、
全国に、世界に発信されるだろう。
そして、この季節が過ぎると、被災地以外では、忘れられて
いく。

毎年この時期になると、人間は大変なことをしたものだと
たまらない気持になる。
日本人もアメリカ人も、ドイツ人も・・・被害者であり、
加害者。戦争で勝つ人はいない。全員が負ける。
ということをわかっていても、まだやっている。
人間はおそかな動物だということを、学ぶ。
戦争のことを知ると、悲しいけれど人間の性について
考えざるを得なくなる。
学びの多い、心が騒ぐ。

戦争、原爆のことは今の時期だけでなく、常に語られ、学び、
考え、そして「NO」の意志をもち、生きなければと
思う。
教育のなかで、常に教え、学び、伝えていかねばならないと
思う。
この10年以上、長崎に通うようになって、つくづくそう思うようになった。

今だけでなく、いつも心に。
でも、今だからこそ、あれから81年と心に刻み直すことが
できるから、節目、周年は意味がある。

この日を時期をきっかけに、いつも戦争を原爆を正しくみつめ
平和の世界を希求しつづけなければ。
と、改めて思う。

しめやかな気持で、厳かな気持でこの8月を過ごす。
単に楽しい夏休み。ではない。ということを世代を超えて
学び合いたい。

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まずは、小さな平和から。


広島への原爆投下から81年の記念式典。
被爆者の遺族の方々から、関係者・・・。
そこで発信される公式メッセージに耳を傾けながら
いろんな思いになる。
年々、むなしさも感じてしまうが、それではいかん!
と自らに。

被爆された方々の高齢化は、年々深刻になっている。
そんなに遠くない日、生存されている方がいなくなる
ことは確実だ。
直接体験を聴く機会がなくなれば、触れる機会がなくなれば
人々の記憶からも、意識からも、そのうち消えてしまうのか。

亡くなった人のことを忘れない間は、その人は生きている。
といつも思い続けているが、原爆も同じこと。
原爆の恐ろしさを知り、その事実を伝聞であれ理解し、記憶していれば、
それは現実に起こった悪しき歴史として、絶対に繰り返しては
いけないと思えるが、知らなかったり、忘れてしまえば、
何もなかったように、核使用は進んでしまうだろう。
81年間の願い、叫びは、高齢化という言葉で、終わってしまっては
あまりに悲しい。

平和はあったらいいな。では実現しない。
自分から平和な世界をつくらなければならない。
でも、大きなことは難しい。
でも、諦めなくていい。
まずは、自分の周りが平和であるようにつとめること。
家族でも、職場でも地域でも。
それぞれがお互いに感謝し、理解し、協力しあえる関係であれば
争いにはならない。
笑顔で日常を過ごすことができること。
これが、平和の第一歩だ。
誰かを憎んだり、疑う前に、相手を知り、理解し、認め合う。
すべてはそこからだ。
相手と通じていれば、分断にはならないはず。

81年の式典が行われている最中も、戦地では緊張関係が続いて
いる。
これは一体?

まず自分は、身近な平和を実現すべく、生きる。
そして、リーダーと言われる人たちは、利他の心をもって
世界をつなぐ強いメッセージを発信しなければ。

そのために、記念日があり、式典があるのだ。
形骸化しないように。
そして、まずは日本中が、この原爆記念日に注目するように。
そこからだろう。

まもなく長崎でも行われる。
現地には行けないけれど、心はそこへ。
一緒につらい経験をされた皆さんに心を寄せたい。

平和のためにできること。
自分事として考え、やれることをやりたい。
やらねば!

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どうせ生きるなら!

同じことをやるにも、にこにこ「喜んで~」といって
楽しみながらやるのと、いやいやしぶしぶとやるのでは
まったく時間の過ぎ方も、充実感も違ってくる。
そして、どうせするなら、相手に「ありがとう!」
と言ってもらえる方が、自分もうれしい。
だから、どんなときもそんな思いで、何事にも
向き合いたい。
毎日をそんな気持で過ごしていくと、
「どうせ生きるなら!」ということに行きつく。

どうせ生きるならば、
好きなように、
やりたいことを、
自分らしく
生きればよい。

そして、どうせ生きるなら、
今日も良かったな~と
思える毎日を生きたい。
そして、どうせ生きるなら、
1日をしっかり生き抜いて
毎日成長を続けたい。

そして、
どうせ生きるなら、
愛され、
「ありがとう!」
と思ってもらえる、
そんな人生にすること。
そうなるように、意識して生きること。

前向きに、頑張っている人と
話していると、自然とそんな気持ちに
なれるもの。

今日も暑いけれど、みな同じ。
それでも与えられた貴重な時間だ。

どうせやるなら、めいっぱい!
愛と元気をシェアできる1日にしたい。

と、平和だからこそ言えるありがたさ。

今日は広島原爆から81年目の日。

どうせ生きるなら。と言えるだけ
幸せということを忘れないでいたい。




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内緒の金庫

「誰にも言ってないけど」とか「ここだけの話にしておいてね」
などの言葉を時々いただく。
自分に打ち明けられることは、信頼の証しでもあるため、
取り扱いを十分に気を付ける。
他言はしない、秘密は守る。

気が付けば、そんな言葉を自分のなかにいくつか保管している。
名付ければ、内緒の金庫か。

言ってはいけないこと、約束したこと、信頼から生まれた
特別の言葉は、ここにそっとしまっておく。
忘れてうっかり口を滑らさないようにしないと信頼を
失う。

聴いてほしい。でも、広げてほしくない。
あなたには知っておいてほしい。
そんな内緒の話。
人は誰かにだけ話すことで楽になれることもある。
共有しておくことで、安心なときもある。

二人の間のトップシークレット。

この話題は、墓場まで持って行こう。

と、そんな会話もある。

誰に何を言うか、言わないか。
この線引きは難しいこともある。
いずれにせよ、うけとった人にとっても
気持よい話題であることが大切。

口は開くものであるが、堅い方がよい。
そんなことを思いながら、金庫の鍵を
締めておく。

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