失ってから出会い、気づく。

このところ、移動中にずっと聴き続けているせいか、
寝ても覚めてもその声が頭から離れない。
美輪明宏さんの歌声だ。

今から思えば、お元気なうちからもっと知っておくべき
だった。
でも、ご健在のときは、いつでも聴ける、いつでも
という気持ちで、意識して演奏を聴き直すことはなかった。

でも、今年の2月に行った長崎でのバレンタインコンサート
がきっかけで、「ボンボアヤージュ」を何度も聴くことに
なり、そして訃報に接してからは毎日何度も何度も美輪さん
の演奏と語りを聞き、命がしみ込んでくるような そんな
感動を味わい続けている。
どんな人生だったのだろう。想像するしかないが、
美輪さんが生まれた当時の長崎、原爆の日のこと、そして
上京、そして歌の世界・・・。同性愛を世間が認めない
頃から自分らしく生きようとされたその勇気と挑戦。

あるインタビューで
「人が人を愛するのは、男女でも男男でも、女女でもいいの。
人が人を好きになるだけのこと」
と言われていたことが思い出される。
本当の意味で、ひとりの人として生き抜いた表現者だった。

その姿形、声はこれからは記録されたものでしか出会うこと
ができないが、その存在、その生きた歴史に変わらぬ尊敬と
憧れをもって関わり続けたい。

いつでも会える、いつでも聴ける。いつでも話せる。
と元気な時はそう思っているけれど、
いざ失うと、その存在の重さ、意味、価値に改めて気づかされる。
そして、失ってから改めて出会い、気づくことも多い。

今日は岐阜羽島で80名ほどの七夕コンサート。
美輪さんも大切にされてきた愛と平和について、私なりに思いをもって
伝えたい。

失ってから気づくこと、得ることは、あまりに大きい。



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「たのしそう!」

6月半ばに開催した京都でのパーティーの写真。洋菓子屋さん70周年のお祝い。
演奏に合わせて、お客さんたちが続々と前に出てきて、みんなで踊っている様子。
その瞬間が収められた1枚が届いた。当日は見えなかった構図。
なんとも絵になる情景だ。
「たのしそう!」とのメールタイトルで送られたこの1枚。
確かにその時の様子が蘇り、いかにも楽しそうな様子が伝わってくる。
周りの人もうれしそう。思わず笑みがこぼれる。

そして、「本当に良い会でした」とメッセージも添えてあり、時間を経ても、
いい思い出になっていることを心からうれしく思い、お手伝いができたことを幸せに
思った。

楽しい時間、心に残る時間、人生の1ページになる時間・・・。
長年頑張ってこられた皆さんの労をねぎらい、歓びをともにできる。
そんなひとときを創造する瞬間芸のような仕事。
でも、その瞬間は永遠になる。

人が喜んでいる顔を見るのが、一番幸せ。
コミュニケーションクリエイターは、人々の笑顔のため、幸せ、平和のためにある。
そう在りたい。と改めて・・・。
もちろんそのために、不断の努力は欠かせない。

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いくつになっても自問の旅。

心から共感、尊敬する人と、長くおつきあいできること。
見守り、応援いただけること。
そんな幸せのなかで、わが道を歩き続けてきた気がする。
その中には、いろんな人に出会い、交わってきた時間もあるが、
最後に残るのは、表面的なつきあいではなく、哲学的な話題まで
自然にできる人との関係。

30年以上交流いただいている人生の先輩たちは、もう70代後半。
後期高齢者だよと笑いながら、言われるが、その表現、括りは
不要。大変失礼すぎて、話にならない。
人生を重ねてこられた先輩たちは、道を示してくれるありがたい
お手本だ。
最近の会話より心に沁みるメッセージがあったので、ここに・・。

「一人一人と誠実に向き合い、一つずつの事柄について是非を
きちんと共有化することを疎かにして一般論で語ることのむなしさ、
恐ろしさを忘れたくないですね。原点は生き方の原則。
迷ったらここに戻る原則を持って生き続けることが大切と
思っています。この世代になって、相変わらず
「自分は何者?何がしたいの?」と自問自答を続ける未熟者ですが、
だからこそ人生は面白いと思うことにしています。」

人生の先輩の言葉はずっしりと重いが、勇気が湧いてくる。
そして、ああ、このままでいいのだと思えてくる。

生きている限り、ずっと 自分も「何がしたいのだろう?」と
迷いさまよい続ける。
自分の人生もそうなりそうで、それでもいいのだと安心もする。

結局は、自問をくりかえし、自分探しをするのが人生の
道のりなのだろう。
大切なことは、回答をみつけることではなく、その過程を
楽しむことなのだ。

学べる人が周囲にいてくださることがありがたい。

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自己表現の行方

自己表現とは「自分」という存在を、何かしらの
形で見えるようにする行為。
一人の人間として、他の誰とも違う存在として、
表現ができることは、とても幸せであるし、
生きる活力にもなる。

絵画でも写真でも、小説でも、映画でも、音楽でも
これらの作品はすべて、作り手の自己表現のツール。
誰かの作品を鑑賞するとき、作品自体を楽しむのは
もちろんであるが、
なぜ、この人はこれをつくったのか?と考えること
自体が意味がある。作品を通じて、その人を知ることが
できるから・・・。

その人らしさがどう表現されているのか。
いつもそんなことを思いながら、作品を鑑賞するのが
好きだ。
人間がゼロから考え、生み出す作品。
人間はどの時代も、自己表現をしながら、後世に
命のリレーをしてきたのではないか。
作品は作家自体。
そう思っている。

一方、AIに表現を手伝ってもらったりすることは、
自己表現につながるだろうか?
最近、その点をよく考える。

その活用も含め、自分らしさが表現できているならば
自己表現といえるか?

簡単にできることよりも、
悩みながら、生み出すプロセスを大切にしたい・・・。

人工なるもの。
これを自己表現にどう生かしていくのか。
主役は、あくまでも人、

こんなことを、今度 芸術を学び、理解している若者と
語ってみたい。

どこまでも自己表現を、そしてその先には自己実現を
目指す生き方が理想だ。

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根っこからの応援団の力。

長くお付き合いしている方との時間は、ありがたい。
自分が歩んできた道をご理解いただいており、
その道が今の自分とちゃんとつながっているか、
やっていることが自分の人生にとってブレていないかを
確認する機会になるから。

先日、30年以上見守っていただき、おつきあいいただいている
方と久しぶりにお会いし、近況を語り合い、意見交換をする時間を得た。
自分を知ってもらっている人との時間は、まるで家族との時間。
話題は尽きない。
家庭の話題から世界情勢、未来まで・・何でも話せるスゴイ関係だ。

変化する、課題の多い現在。このなかで自分はどう生きたらいいか?
最近よく考えるテーマだ。
それについても、あれやこれや・・・雑談しながら、心が整う。

結論としては、
「マーサはマーサでブレない生き方、やっぱり、
コミュニケーションクリエイターとして全うするのが一番」
との声を聞き、ああ、これでいいのだと安心。

AIが活躍する時代になっても、心豊かになるコミュニケーションを創る、
人と人をつなぐ、結ぶ、人を元気にする役割は、人間が生きる以上
なくてはならない。

目立つ仕事、華やかな仕事でなくてよい、むしろ黒子として、
自分の周囲の笑顔が増えるように、できることはまだまだある。

ブレない人生を生き抜く。
私らしく。

コミュニケーションクリエイターのこれからの役割について
見つめ直し、自信をもって進んでいこう。

応援団の存在は、本当にありがたい。
根っこのところを理解してくれる人がいることは
心強い。
ずっとずっと見守っていただきたいと、心から思っている。

そして、私自身も誰かのそんな存在になることができるように
真の寄り添い人でありたい。




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今日も誰かのバースデー。

その昔、アメリカの文具店で、バースデーカレンダー
なるものをみつけたことがあった。
バースデーを記載するための1冊。
面白いカレンダーだと思ったが、使い切れる
のかなとも思った。

確かに、毎日が必ず誰かの誕生日であり、旅立ちの日。
365日の1で、いずれかの日が記念日となる。
私の場合は12月3日が誕生日であり、その日は
1年のなかでもっとも特別な日であると勝手に
思っている。そして、これまでの人生で、
同じ誕生日の人は一人だけいた。なんだか
特別な関係なのかも?と思って共通点を探した
りした。そして、誕生日が近い人に出会うと
それだけで親しくなったりもする。

今日7月2日は、周りに誕生日と言う人が3名も
いる。そして、そのひとりの方の姪っ子さんも
同じ日だそう。
そんなこんなで、この日は、私にとって特別だ。

お祝いを、あの人にも、この人にも・・・。
自分を見守ってくれる人たちが、同じ星の元に
生まれたとはめでたいこと。

自分が生まれた日も大切であるが、大切な人たちが
生まれた日はもっと大切だ。
その人がいてくれるから、今の自分がいる。

最近会えていない、気がかりな
7月2日生まれの人に花とメッセージを送る。
お元気だろうか?
どんな誕生日をお迎えであろうか。
本当は駆けつけてお祝いしたいけれど、
元気でおられるならば、安心だ。

今日も誰かの誕生日。
その人のことを思い出し、自分とのつながりを思い出し、
感謝をしたい。
今日はいっぱい感謝をする、ありがたい1日だ。
ハッピーバースデー 7月2日の人達。

そんなことを思うだけで、毎日が特別な1日になる。
今日も誰かのバースデー、そして旅立ちの日。
人生は時計とともに、止まることなく進み続けて
いる。

ハッピーバースデー 信愛なる人たち♪




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みんなで未来へ「願いごと」

コミュニケーションを楽しく学ぶ、「マーサの会」。
この会社でもう数年、年に2回ほど続けている。
自主的に始めた試みであったが、気が付けば10回以上。
5年前には、会社のテーマソングをつくるための歌詞を一緒に
考えた。そこから毎回、欠かさずその曲「シャイン・マーチ」
を歌い続けている。みんなの曲になっていることが、うれしい。

今回は来年10周年を迎える会社のアニバーサリースローガンを
皆で考えた。
どんな会社になりたいか、あってほしいかの願いを込めて。
みんなでつくることに、意味がある。このプロセスが大切。
自分で考え、チームで話し合い、案を決め、みんなで発表し、
投票。
素敵な案がたくさん出されたあと、無事、ひとつの案に決定。
これから10周年に向けて、そのスローガンが活用されることになる。
みんなで考えた言葉が、未来への道しるべになる。素敵なこと。

ワークショップの締めは、毎年恒例になってきた七夕の飾り。
ひとりひとりが短冊に思いを込め、願いを書き、笹に吊るす。
しばし子供こころに戻りつつ、わくわく気持になる。みんなの願い事は・・・・
こうなりたい、あれがほしい。という願いもあるが、今回目を惹いたのは
世界が平和であるように。戦争がなくなるように。という言葉。
わたしも「愛と平和」と願いを込めて書いた。

みんなで撮った写真。9年目のいい記念になる。
今日から7月。大人になっても 七夕気分を忘れず、星に願いを。
またまたピュアな時間をいただいた。
これからも若き人たちに、愛とコミュニケーションを伝えつづけたい。

※シャインマーチのメロディはこちらに
https://mosshine.co.jp/

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あじさい日記2026 最終章

今日で6月も最終日。
雨の多い季節を楽しめるようになった理由のひとつは
あじさいの存在かもしれない。
主人がいなくなっても毎年咲く、実家の庭にあるあじさい。
彼ら(あえてそう呼ぶ)が今年も咲いた!と歓び、まるで
再会を喜ぶように、つかのまの時間を静かに楽しむ。
そんなことがこの5年の習わしになった。
「今年もまた咲いたよ・・・」
悲しみが雨に流され、時の移ろいを受け入れることができる。
そこにじっといるのが、紫陽花。
いつの間にか、私にとっては大切な友のような存在。

庭に咲く花から1輪。切って自宅の良く見える場所に置く。
庭だけでなく、自宅ででも対話する。
今年は、こんな風変わりな紫陽花をみつけた。
これまで見てきたぎっしり詰まった紫陽花よりも
自由奔放な感じで、今にも動き出しそうだ。
どっちに向いて咲いてもいいんだよ。
なんだか、微笑ましく、勇気づけられたりもする。

今年も紫陽花に助けられたこの1か月。
おかげさまで、梅雨の鬱陶しさを越えて、みずみずしい気持で
過ごせたような。

今日は水無月をいただくという習わしもあるそうで、京都の
和菓子屋の店頭が賑わっていた。
6月の締めくくり。
いろんなところで。私は紫陽花を今しばらく眺め、彼らとの
静かな対話を楽しみたい。

今年もまた、咲いたよ。
来年も、また 咲いてね。
また、会おうの約束を。

JUNE PROMISE。

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ボン ボワヤージュで送る

2月長崎でのコンサートではじめて歌った、「ボンボワヤージュ」。
美輪明宏さんの歌詞だということで、より心が動いた。
またその演奏ぶりもネットで視聴したが、改めてその表現者としての
存在感に圧倒された。こんな風に歌い上げるのか。まさに歌が芝居になって
いた。
聴いていただけなのに、情景もくっきり浮かぶ。
港での男女の別れ。女性の歌であるのに、歌詞に出てくる相手の男性の顔
までも浮かんでくるそんな見事な表現力。

テレビドラマに出演されていた男装の時代から、その不思議なオーラに、
魅せられ、自分はまだ幼かったのに、ずっと気になる存在であった。
なんだろう?美しく不思議な人。と思っていた。
そして、大人になるにつれ、その生きざま、とくに歌唱や芝居での表現から
強いメッセージを受けとるようになった。

ただ、実際にお姿をお見受けできたのは、新宿伊勢丹での売り場であり、
ステージを生で見ることは叶わなかったが、
ただ、ご本人が衣装を選んでいる姿を目の当たりにできたことは、
とても幸運で、同じ洋服を好みという点は、勝手に誇りとしていた。
あの頃から、黄色の衣装(ヘアも含め)が印象的であった。

長崎生まれの美輪さん。原爆も経験された。
そのご苦労を後世に伝え、戦争は絶対にしてはいけない。
愛があれば、戦争はおきない。
愛で平和な社会を・・・。
そんなメッセージを繰り返し伝えてこられた。

91歳の人生を終えられたとの報。そんな日がきてしまった。
全身全霊で、自らの存在でもって、人々に生きる勇気と愛を
伝え続けた人生。性を越えて、人間とは。という問いにも
向き合われた人生ではないかとも思う。
時代の先駆者として、
永遠の表現者として、愛の伝道者として、唯一無二の存在で
あったと思う。

昨日はボンボワヤージュを再び弾き歌い、美輪さんが生まれ育った
長崎の港と空を思い出していた。

まさに、次の目的地にむかって旅立たれたのかもしれない。
ありがとうの言葉を込めて、長崎の空に向かって、ボンボワヤージュ。

その存在と感動は永遠に。
そして、
愛と平和を伝えること・・これは受け継がねば。と強く思う。

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一番遠い国のタクシードライバーから

ミゲルさんから突然メールがきた。
コロナ前、海外へよく足を運んでいた頃にブエノスアイレスで
お世話になったタクシードライバー。
彼とは2回会っている。一度目は偶然に乗った。そのとき連絡先を
聞いて、二度目はホテルまで迎えに来てもらい、どうしても行きたい
場所へ連れていってもらった。それは、その当時亡くなって間もない、
タンゴ歌手ビルへニア・ルーチェの墓地。
ブエノスアイレス市内にある広大な敷地の中を、ミゲルさんは熱心に
その目的の墓を一緒に探してくれた。
あのときの感動は今もずっと忘れることができない。
しかし、コロナもあり、親のこともあり、なかなか再びタンゴの町に
足を運ぶこともできなくなって、でもタンゴを弾けば、聴けばいつも
思い出していた。

そんななか、昨日のメール。
実は何か月か前にも、きていた。
「MASAKOさま ぜひ、ブエノスアイレスにおいでの際には、
私が空港から市内までの送迎はもちろん、市内観光もお任せください
・・・」という内容。
スペイン語で来たメールも、最近は即翻訳できてしまうので
大変便利。そう思えば、返信も言葉を気にせず送ることができる。
AIのおかげで、その点は、ずいぶんと変わった。

1~2度会っただけ、利用したお客に。はるばる国を越えて、
メッセージを送るタクシードライバー。どんな思いで?と想像する。

京都と新潟に親しくさせていただいているドライバーはいるが、海外の
ゲストにこのようなコンタクトをしているのかな?
今度、尋ねてみようと思う。

はるばるアルゼンチンから届いたメールに、心が明るくなった。
ああ、必ずまた行こう。行く!と心に決める。

ドライバーからの便りで、久しぶりにあの町の写真を探した。
ああ、名前のとおり、ブエノス(いい)アイレス(空気)。素敵な空だ。
そして、ピアソラがこの町に眠っている・・・。
必ず、行く。

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