センスが第一印象を決める。

なんで?なんで今?何?とまったく理解できない状況のなか、
街頭演説がはじまり、選挙カーが登場。

報道ではいかに現場が苦労されているか、とくに雪国では
本当に大変でこれまでの方法では結果は出せないと焦る
人もいれば、今こそネット!と熟考されることもなく、
ガンガン情報が流れる・・・。電車に乗っていても、多く
の人が下を向いてスマホを見ているこの状況からすると
確かにネットの影響は大きい。それだけに不安も募る。

今、何がおきているんだ?よく考えると本当に恐ろしい。
世界の動きに、まるで磁力で吸い付けられるように日本も
そっちへ進まないか・・。という心配もする。

第一印象。今はこれがすべてだ。
リアルであれ、ネットであれ、最初の印象が重要。
まさに「目に留まり、心に刺さる」発信こそが求められる。
ロゴや色、キャッチフレーズ、見た目、言葉の強さ、
声、笑顔、カラーリングなど・・すべてが第一印象に影響する。
そこにはセンスが必要だ。
そんな目でいろんな人の発信を見ている。

コミュニケーションの鉄則として言われてきた
AIDMA、そしてAISASが結果につながると、
今回のキャンペーンの様子を垣間見ながら実感する。
「いいね!」は選挙投票に似ている。
いいねの数に、同調する人も多い。日本人の気質もあるだろう。
しかし、選挙は人気投票ではない。
自分たちの、自分の将来がどうなるかが変わってしまい、結果
自分に跳ね返ってくる重要な選択の機会なのだ。
ことの重要性をわからなければならない。

そもそも若い人は、いつ政治を学ぶのだろう?
選挙の意味と学ぶだろう?

もう半世紀前になるけれど、高校の政経の授業で
政治を自分事に考えるきっかけは得られなかった。
別の世界の出来事・・・。では良くない。

ニコニコ笑って話していても、腹の中は別のことをたくらむ人も
世の中存在する。

見る目を養うことが大切だ。
そして、何と言っても中身をしっかり理解、吟味する力を
持たねば。

いろんな意味で、憂いも多い。恐怖も感じる。
そして、改めて自分はどうしたいのか?と考えることの
大切さを自らに問う。

話しを戻す。
第一印象はとても大切。
政治家の仕事こそ、その力がないと、先に進めない。

そして、選ぶ人は、見る目をもつこと。
いろんな罠に、フェイクに惑わされることがないように。

まともなことを言っているのに、直球すぎて伝わらない。
そんな人を見ると、なんとも・・な気持ちになる。
一番大切なのは、「内容」である。
そこに行きつくまでには第一印象でひきつけることが
重要なのだ。
と、わかっているかな?
「伝える」と「伝わる」は違いますけど・・・。

とにかく、
公務員の皆さんが、本当に気の毒な2月が始まった。
そうでなくても年度末の多忙な時期に・・・。




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出会い・つくる・みらい

昨年の秋からはじまった、企業と学生さんたちとのプロジェクト。
クリエイターを目指す、またはその才能や個性を生かし、元気に
社会に羽ばたき、これから活躍される学生さんたちと企業との
出会い。
学生さんといっても、18歳、19歳。
思わず、自分が京都に来て、学生になった頃のことを思い出す。
自分にもこんな頃があったのか~。思わず懐かしき京都での
学生時代が蘇る。

いつの時代も、学生とは自由な発想をもち、未来を向いていて
いいもんだと思う。そんな若者たちが企業の未来を考え、チームで
さまざまな企画をして、提案をし、プレゼンテーションをするという
ちょっと緊張の社会経験も経て、作品展に臨む。
出会いから、この制作にいたるまで両者の結び目となって、関わらせて
いただいた。
学生さんにとっても、企業にとってもドキドキわくわくの半年であった
と思うが、私自身にとっても同じ。
学校からご相談いただき、この企業であれば!と提案をさせていただき、
社長さんには、熱い関心を寄せていただき、ぜひ地域のお役に立つならば!
と、ふたつ返事で決まったこのプロジェクト。
未来に向かって進む企業にとって、学生さんの目から見た企業、そして
未来の姿については、社内や大人の世界だけでは考え付かない世界がある。
そんな期待があった。

オリエンテーションから工場見学、企画確認、プレゼンテーション・・。
半年かけて授業の進行にあわせて、企業のご協力を経て、提案がカタチに。
年末の最終プレゼンテーションを経て、年明けから学生さんは作品展の
準備に全力投球。
ずっと寄り添い、導かれる先生方にも頭が下がる。

その作品展を来週に控え、エールのメッセージを送る。
まさに学生さんも先生もフル稼働!頂いた返信メールの文面からだけでも
ほどよい緊張のなかで、作品づくり、展示の準備が着々進んでいること
を感じ、当日がさらに楽しみになる。

学生さんにとって これまで出会ったことのない企業と出会い、
交わり、自分たちの得意分野で提案し、反応を得る。
まさに生きた学習。
キャンパスの中だけでなく、地域と交わりながら、課題をみつけ
考え、みんなで具現化していく学び。
とても素晴らしいプログラム。

来週の発表がとても楽しみだ。
20代のときは、教師を目指していたなあ。
と、あの頃の自分を重ねつつ関わらせていただいた
今回のプロジェクト。

私自身も、出会いをつくり、結び目としてのやりがいを
感じ、そして
これまで経験したことがなかった、新たな化学反応に
期待を寄せている。
産学連携による未来への可能性が広がる。

やってみてわかること、やらなきゃわからないことが
必ずある。

コミュニケーションクリエイターとしても、
今回のプロジェクトは、いろんな意味で感慨深い。
提案に乗ってくださった企業に感謝。
相談いただいた学校にも感謝。

半年の学びの成果がどんな形で表現されるか。
来週のお披露目に、心から期待して、
学生さんに、心からエールを送りたい!

企業のサイトでも、告知をいただいたので、ここにも
リンクを。ぜひお出かけいただき、その成果を
ご覧いただけたら幸いです。
https://sunfoodsjp.com/news/news-2998/

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「ごめんなさい」より「ありがとう」

最近のさまざまな会話、やり取りを振り返り、
最後にどんな一言で終わったか、結んだかをふりかえる。
この最後の一言は、とても重要だ。その余韻がそのまま心に残るから・・・。

日ごろから「今日はありがとう!」「ありがとうございました!」で
終わるように努めたいと思っているし、自分では心がけている。
そして、「では、また!」と次の再会、関係が続くことを願って、
そんな一言も添える。
前にも書いたが、「再見」。謝謝とくれば、再見と続く。
ありがとうで終われば、「またね」と続く。
心の観覧車は「ありがとう」の結びがあることで、
回り続けることができる。
生きる限り、そんな関係を多くもちたいと考えている。

一方、「ごめんなさい」で終わるのは、できる限り避けたい。
これで終わると、次につながりづらくなる。
心が閉じた状態で終わるのは、発する方も受ける方も、気持ち良いとは
いえない。
素直な心での「ごめんなさい」は、もちろん大切であるけれど、
結びは、「ありがとう」にて締めたい。

人と人の関係は、はじまりも大切であるけれど、終わり方ももっと
大切だ。

気持良い、すっきりした結び。
改めて心がけたい。

人生を終えるときも、もちろん、「ごめんなさい」ではなく
お世話になったすべての人に「ありがとう」で締めたい。

と、今、改めて強く思っている。

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ほど良い緊張が人を育てる

ある企業で研修を行った。
今回は、次代を担うリーダーたちが、2030年を見据え、
自分はどんなリーダーを目指すのか?について考え、整理して
人前でプレゼンをし、メンバー全員が傾聴するといった内容。
リーダー育成とコミュニケーション力の向上を目的とし、
継続的に行っている研修のなかのプログラムのひとつである。

自分の仕事の紹介に始まり、今年の抱負や個人目標を発表。
そして、目指す理想像の表明、さらにその実現に向けて自分が
すべきことについて一人4分で話すという課題。
初めての人でもわかるように、わかりやすく伝えることも
予めリクエスト。

現場でモノづくりに携わったり、デスクワークであったりと
複数の人の前で話す機会が少ない方たちが多い。
それだけに、人前で発表する、プレゼンすることには、
苦手意識があったり、不安もあったようで、普段と違う
緊張感が漂っての開始となった。

そして、各発表者の話を全員が傾聴し、その発表の素晴らしい点と
もっとこうしたら良くなるのではという点についても、
それぞれチェックしあった。

前回のレクチャー、課題提出から2か月ほど経っていたが、
それぞれちゃんとしっかり会社から提示された理念、方針を吸収し、
自分事として考えて、発表された。
緊張する~!と言われていた人も、ドキドキしながらも、全力で
発信されており、その取り組み姿勢を見て、感銘を受けた。
「やれるやん!」「すごいやん!」と心の中で拍手をしながら
聴き続けた。

真面目に課題に取り組む姿、緊張しながらも頑張りぬく姿、
そして自分のことだけでなく、部署のこと、会社のことを考えて
いるその姿勢・・・。
そして、聞いている側も、熱心に集中して人の話しを聞き、
いいとこ探しをされているその様子にも、何とも言えない歓びを
感じた。

あっという間の100分程であったが、無事にプレゼン大会は終わった。
緊張した面持ちで現れた皆さん、自分の発表が終わり、振り返るとき
には、清々しく、やりきった感じがみなぎっており、
場の雰囲気は和やかに・・・。素敵な笑顔もみられて、安堵。

ほどよい緊張は人を成長させる。
緊張は非日常への挑戦でもある。
日常生活の延長だけでは、緊張はあまりない。
受験生は今、受験という自身のこれからを決める緊張のステージに
立ち向かっている。
大人になってからも、緊張は必要だ。

相手がいるとき、緊張が高まる。
やったことがないことに挑戦するとき、緊張が高まる。

でも、一回やると慣れる。場数を踏むともっと慣れる。

挑戦するとき、緊張はつきものだ。
でも、ほどよい緊張は、自分を育ててくれる。

ひと、自分自身が子どもの頃から、コンクール、発表会で
鍛えられてきたことも、今に役立っているかも・・・。
緊張の場にさらされることで、身についたことは多い。

これからも、いい緊張の場を提供し、一緒に学び、成長できる
機会を創りたい。そして、ともに緊張した仲間がさらに
助け合い、支え合うそんな環境づくりにも貢献できたら・・。

そして、私自身も、ほどよい緊張をもって、楽しみながら
日々成長したい。




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目覚め、目覚めよ!の朝カツ。

2時台に起きる日の多くは、出張がある日だ。
普段より早く目覚めて、日々の朝仕事に加えて、準備も行わねば。
おかげさまで会社員時代から体調不良でその日の予定をキャンセル
という経験は記憶にない。幸運としかいいようがない。
とくに自営業になってからは、代わりがいないのだから。この
1点でほどよい緊張を保ちつつ、なんとかここまでこれた。

ただ、早すぎる朝には、自らを目覚めさせる工夫も必要だ。
今朝の場合は、録ってあった五嶋みどり氏の無伴奏バッハの
音色を耳に、まるで瞑想しているような気持で澄んだ世界へ
自分を誘い、静かに目覚め・・・。細胞ひとつひとつが
開かれていくような気持になり、とても気持ち良い。
朝はクラシックが一番だ。しかも静かな弦楽奏がいい。
とくにこの奏者の演奏はなんというか、体内にしみわたる。
魂の音色だと思う。体の芯にまで沁み込んでくるのだ。
一杯の水、あるいは魔法のジュースか。

そのあとは、仕込んでおいた
カレースープをいただき、こちらは刺激で頭と体を
起こす。
こちらはちょっとしたショック療法のような感じ。
でも、朝のカレーはとても元気になれる。
イチローも確か、朝カレーを食べていたはず?

そして、仕上げは冷水での洗顔。
特に寒い朝には、勇気の要る瞬間!
でも、とても気持ち良く、たちまちスィッチオン!
これで目覚めは完了!

そんなこんなで、毎朝、今日もおかげさまで、
無事に目覚めたことに感謝しつつ、自分に火をつける。

毎日、いろんな組み合わせで、自らを目覚めさせ、
稼働する。
元気だからの朝修行。

さあ、元気に、
今日出会える人たちと、かけがえのない「共創」の
時間を過ごしたい。

いざ、出発!

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ちょっとのことで変わる。

人間は一人では生きられない。
人と人が支え合って、社会が成立する。
でも、そのひとり一人は、自分と違う人間である。
背景も立場も、考え方も価値観も・・・。
その違いを認め、克服し、協力することから、支え合いができるが、
その違いが理解できなかったり、受け入れられなかったり・・・。
そりゃ、いろいろある。ない人はよっぽどだろう。

でも、受け入れる器を大きくしたり、時には流したり、
忘れたり、そんな経験を重ねると受容できる量も増え、
まあ、いいか!と思えてくることも多い。

前に書いたが、ウクライナ出身の安青錦の取り組みを見た瞬間、私
はスイッチが入った。そうだ。負けてられへん。やるしかない!
とそんな気持ちになり、勇気も元気も沸いてきた。

人が元気になるのは、ほんの瞬間、ちょっとのことがきっかけだ
と思う。

自分がそのちょっとしたきっかけになることはできないか?

とも思う。
それは、自分の背中を見てもらうことだ。

意識してやるのではなく、自分が一生懸命生きていたら、
その背中を見てくれる、その瞬間を見てくれる人もいる・・と
いいなと思う。

社会が変わるなかで、迷える人も増えてくると思う。
そんななかで、ブレない生き方を伝えたい。その人自身の
幸せのために・・・。
ちょっとしたきっかけ・・・。人生を変える転換点にもなる。

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再び、思わず感涙、拍手。

人それぞれ好きなスポーツ観戦があると思うが、相撲が好きだ。
土俵という限られた空間のなかで、瞬間に全力を出し切る。
「勝つ」ということだけを一心に、相手に向き合う。
好きといっても、単に見ているだけなので、専門的なことは
わからないけれど、究極の集中力を見ること、相手と戦って
いるようで、実は自分との闘いであること。
など 取り組みを見ながらそう思うのだ。
厳しい日々の稽古で、横綱を目指して、優勝を目指して
研鑚を積まれていくものだと思うが、「何が何でも!」という
気概、精神力こそが勝利への道を開くのだと思う。

今回、優勝決定戦で、再びウクライナの若者が、優勝した。
千秋楽での2回の戦い、いずれも勝った瞬間、大きな拍手を
し、歓声をあげた。とくに優勝決定戦での勝利には、
「よう、がんばったねえ。すごいすごい!」と思わず
涙があふれた。

言葉こそ少ない力士ではあるが、どんな強い思いをもって
ここまで来たのであろう。
覚悟を決めているとさえ、思える凄みを感じる。

日本ではみんなが平和に相撲を楽しんでいる。
一方、母国ではもうすぐ4年も経つ、終わらぬ戦争に
みんな怯え、疲れている・・・。
このギャップのなか、日本に出てきて相撲を取り続ける
この若者の心は・・。と想像してしまうのだ。
故郷のご家族のことを思うと、どんな気持ちで・・・。

そんなことを勝手に想像しながら、一心不乱にがんばる
若者に敬意を表する。

何でも自分との闘いだ。
全ては、自分に勝つということだ。

自分の日々の取り組みはどうだ?
まだまだ甘い、ぬるい。
自分に負けない心身をもっと鍛えたい。

相撲が好きなのは、こんなことをいつも教えて
くれるからだ。

「よっしゃ!」と言える瞬間のために、努力を続けること。
今日からでも、決して遅くない。

安青錦の故郷に、一日でも早く平和が戻りますように。
心から祈る。

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ささやかな春の楽しみ


各地では大雪の影響が出ている。新潟の知人にも連絡をする。
雪下ろしに時間も体力もとられて、雪国の人は大変だ。
早く、雪解けの春が来るように・・・と願う週末。

心だけは春を先取り・・・。
新潟の企業さんが作っているゴミ拾い専門トング。
この商品の広報について、発売当時応援していた。
モノを売るのではなく、ゴミ拾い文化を広めようと自ら活動する
若い経営者のハートと行動力に魅了され、そのおつきあいは
今も続いている。

一方、地元の春といえば、岐阜県では知る人ぞ知る、
重要無形民俗文化財にも指定されている手力神社の火祭り。
子どもの頃から、この奇祭が春の楽しみであった。
岐阜を離れても、祭りの時にはこの祭りの雰囲気に触れるため
少し帰省したこともあった。
親たちはこの祭りとともに、この町で生きたようなものだ。

両親はもういないが、祭りになると二人の嬉々とした姿が
浮かび、涙があふれる。
父が大好きだった、自慢していた祭りに何かできないか・・。
爆竹を使い、花火を使い、火祭りという名にふさわしい、
音に、目に、熱に感動を覚える五感の祭り。

昨年、見に行ったときに、爆竹を鳴らした後の大量のごみを
手で拾っている人達の姿が目に入っ熱いだろうなあ。
拾いづらいだろうな。
ということで、新潟のゴミ拾いトングが浮かび、これを使って
もらおう。
ということで、このたび地元の自治会の会長さんに、火祭り
にピッタリのオレンジ色のトングを送らせていただいた。

ゴミ拾いトングの色がそろっているなんて、町のイメージにも
かっこいい!とにかく祭りが足元からも華やかになればいい。
ちょっとした町のSDGsにもなるかも?

トングをつくる会社の社長は日頃より山で、海で、ごみ拾いを
スポーツとして普及する活動もしているが、祭りにゴミ拾い
トングも喜んでくれるだろう。

「トング、届きました~。大切に使わせていただきますね。
祭りの日にまた写真送りますわ」
とご連絡をいただく。
喜んでいただけたら、うれしい。

火祭りが、今年も無事に安全に開催され、地元の皆様が
安心して1年を暮らせることを願う。
小さな小さなことばかり。そんなことしかできないが、
春の楽しみが一つ増えた。

ゴミ拾いトングをつくる会社のサイトはこちら
https://www.eizuka-ss.com/

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情報の入手、向き合い方。


放送大学の過去の授業で、中東の専門家で知られる
高橋和夫先生の話をふと思い出した。
揺れ動く世界を正しく見るためには、さまざまな情報を
得るようにする。しかも日本語で書いたものではなく、
外国語で書いたものを読むようにする・・・など。

情報が氾濫する現在、より正しい情報を得る姿勢が
大切だと改めて気づかされる。
世界中の動向を常にキャッチする仕事をされているから、
情報の付き合い方もさすがと思う。

少しでも参考にしたいと思うが、
外国語のニュースといっても、英語がせいぜいであるが、
意識して眺めるだけでも、日本のメディアとは違う
事に気づけるのは確かだ。
BBCはおすすめだと、以前ジャーナリストから教えて
いただいた。

遠く離れた日本で記者たちが見聞きして書かれた情報では
なく、より現場に近いところで現地をよく知る人たちの
取材により、集められた情報にもっと触れようということだ
と理解する。情報源を知る、情報源に近い情報を知る。
そのためには、日ごろから偏りなくいろんな情報を得ながら
有用な情報を選びとって、判断をすることが重要。

プロのジャーナリストであれば、情報源は必ず探して、
その上で活用して記事にしているはずだ。

ということで、単に目の前に流れている映像や音声をうのみに
してはいけないということ。
情報は自分から取りに行く。
それから、偏りなくいろんな情報を得るようにし、そこから
真理を探る。解決法を考えることを意識したいと思う。

これは世界情勢だけでなく、日常の環境、身の回りに
おいても同じこと。
一方的な情報収集にならないようにすること。
いろんな視点から情報を聴きながら、その上でどうしたら
を考えること。

偏りのない情報のとりかた。
そのためには、いろんなところから偽りのない情報が
入手できるように、日ごろから関係づくりをきちんと
しておかないと。常に一方的にならないこと。

そう、一番のメディアは人間ひとりひとりだ。

いろんな情報を素直にとりいれ、うけとめ、
そして整理しながら、俯瞰し、自分の道を見出すこと。

人は情報に左右される。
流されないようにしなければ。

常に地球儀を見る感覚で、身の回りの動きにも目を向けて
いきたい。

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伝わってこそ。のコミュニケーション

コミュニケーションは一生の課題であると、日々痛感する。
コミュニケーションなしに生きられず、何もできず。

相手に伝えて、それがこちらが意図したとおりに伝わるか。
伝わればよいが、そうでないこともある。そうでないことの
方が多いこともあるし、伝わったと思っていたら、実は
そうではないということもあり、とにかく毎日反省の連続だ。

たとえば、記者発表会などを企画して、複数の報道関係者に
商品やサービスのことを伝えても、短時間の説明やリリースの
内容だけでは、時として違った解釈で報道されてしまうこと
もある。伝えたはずであるが、伝わり切れていないことも、
ある。その場合は速やかに対応する。そこも大切だ。

個々のコミュニケーションにおいても、自分の意図とは
違った伝わり方をすることもある。
伝え方の不十分さやタイミング、相手の状況によっても
伝わり方が変わる。
コミュニケーションは伝えるための活動であるから、
伝わっていなければ、意味がない。
また、それ以上に誤解を招いたり、相手に不快、不安な
気持を抱かせてしまうこともある。
そういう時は、本当に申し訳なかったという気持ちになる。
素直に反省し、お詫びをする。

改めて、伝えることの重さをかみしめて、慎重に丁寧に
いかねばと思う。
相手との距離によっても、コミュニケーションは変わるが
その距離や関係に甘えることなく、どこまでいっても
相手の立場に立って、丁寧に伝えることを改めて
心がけなければと思う。

コミュニケーションクリエイターという名に恥ずかしい
ことも日々起きる。
一生懸命に生きることは大切。
と同時に、自分だけが一生懸命ではなく、周囲の動きも
しっかりみつめ、相手のことをよく理解することで
良いコミュニケーションが生まれる。
みんな、それぞれ一生懸命生きているのだから、その理解が
おろそかにならないように。

コミュニケーションとは、あくまでもキャッチボール
である。キャッチボールをするには、やはりお互いが向き合って
いなければならない。そして一定の距離がないとキャッチボールが
できない。ゆとりも必要だ。
「今、よろしいですか?」の一言も大切だ。

と、毎日の反省を重ね、改善を重ね、ありがとう!が
生まれる1日になればうれしい。

全ては相手があってのコミュニケーション。
忘れないように。

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